紙屋川

平安遷都以前は「荒見川」と称しましたが、遷都後宮中にて使用する為「紙屋院」を設けたので紙屋川となり、この川の右岸に「山背いかるが寺」が存在し、後の秀吉による「お土居」築造の際、都の外部を示す目安となりました。古くは鴨川、高野川とともに「みそぎ川」として知られ清浄の川の代名詞でもありましたが、昭和40年一級河川に昇格したとき、源流から「天神川」に統一されました。

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